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暮らっしっく日本 五十鈴塾

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五十鈴の里季節便り ~二十四節気によせて~

二十四節気とは、一年を二十四に分けた季節暦です。元々は中国から伝わったものですが長い間に日本風にアレンジされ、季節感を暮らしの中に取り入れるよりどころとなりました。今でも、立春や夏至、秋分、冬至など季節を表す言葉として用いられています。

五十鈴塾では、昔から受け継がれてきた日本の季節感や暮らしの知恵などの生活文化を通じて、現代社会の暮らしに豊かさや潤いをもたらすことができればと、日々講座企画や活動を行っています。
 
 

小暑(七月七日~七月二十二日)

 
〇「七夕」

松阪市星合町に、波氐はて神社(星合ほしあい神社)という神社があります。ここは、古くは伊勢国における七夕伝説発祥の神社とされており、御祭神は天棚機姫命あめのたなばたひめのみことです。神社の近くには、七夕の夜織姫と彦星の橋渡しをしたとされるかささぎにちなんだ「鵲橋」があります。現在も「星合」「鵲」という地名が残り、神社のある鵲地区では、月遅れの毎年八月七日に「鵲七夕まつり」が行われます。この祭りは、七夕の伝説に基づいており、地域の子供たちが織姫と彦星に扮して再会するシーンを再現します。まさに七夕伝説息づく地域です。
 

七夕は、織女しょくじょさい星祭ほしまつりなどともいい、中国伝来の乞巧奠きっこうでんと日本古来の伝承や習俗が結びついて今に伝わる行事です。「乞巧奠」とは、織姫と彦星の二星を祀り、織姫にあやかって機織など手芸が上達することを願う儀式です。奈良時代に日本に伝来し、持統天皇のころにはすでに行われており、『万葉集』にも登場します。やがて手芸と共に技芸の上達も願うようになった乞巧奠は、宮中だけでなく貴族の間でも行われるようになります。

「七夕」自体も『万葉集』に登場します。万葉集の七夕の和歌は、関連するものも含めて百三十首以上あると言われており、その大半は巻第十「秋の雑歌」に収録されています。旧暦では七月七日はほとんど立秋後となるため、古来の「七夕」は秋の季語でした。昔の人にとって、七夕は秋の行事だったのです。

ちなみに、短冊などを笹に飾る風習は江戸時代から始まったもので、そのころから今日に近い七夕行事になってきたようです。

行事としての形は違えど、織姫と彦星の年に一度の逢瀬を願うという点は、今も昔も変わりません。今年の七夕も雨が降らないことを祈りつつ、しばし夜空を眺める時間を持ちたいものです。