神崎塾長のつぶやき
令和4年秋号「まつりの幟」
秋まつりにはためく幟。その幟竿のてっぺんには、村落社会ではスギの枝葉がとりつけてある事例をみます。それは、カミが降臨するようすをあらわすカミの依代カミがいったん山頂に宿り、そこから枝葉に乗って飛来する、という伝説にちなんでいるのです。そして、まつりがはじまってからは、カミを招き入れた結界表示ともなります。
といえば、いぶかしく思われる方もいるでしょう。本殿にカミはましますではないか、なんで外から招かなくてはならないのか、と。
日本のまつりは、主祭神を祀るだけではすみません。そのムラやマチにゆかりのある諸々のカミも招き祀るのです。
八百万の神々。その神々の多くが、自然のなかにおわします。なかでも、山に集く神々が多く、必要に応じて村里や家々に下ってくださるのです。
たとえば、正月を司る歳神(歳徳神)も、マツやユズリハに依りついて山から下ります。ゆえに、歳神が家々に着き、神床の鏡餅に移り鎮まったところで役目を終えたマツは門松として立てられるのです。また、ユズリハを依代とするところでは、それを注連縄に垂代わりはせて飾るのです。
幟も依代に相違なく、幟竿の上部のスギの枝葉も山頂から神々の降臨があったことを示す、とみるのが妥当なのです。
幟が普及するのは、江戸中期のころ。広幅の木綿布の使用からは、たとえば、帆船の木綿幟の普及と相関してのこと、とみることもできるでしょうか。では、それ以前はどうだったのでしょう。
オハケという伝承例が、畿内から中国地方にかけてのまつりにみられます。御幣をとりつけた竹や棒を頭屋(当屋)の門先に立てます。ここでも、カミが里を巡り頭屋の家を宿にする前にひとまずオハケに依りついて休息する、と平易に解釈すればよいでしょう。人びとは、そこで簡単にもてなし、あらためて頭屋の神床に神霊を案内するのです。
秋晴れの空に幟がはためく……韓国や中国には一部共通するところがありますが、きわめて日本的な風景といえます。現在は、住宅展示場や自動車販売所、スーパーマーケットの特売日などにも客よせの幟がはためきます。それも、きわめて日本的な風景といえるでしょう。伝統の変容とは、そうした不断の連続性をもっていうのではないでしょうか。

